風土47
 


 儒教の伝統が色濃く残る韓国では、日常の生活の中にさまざまな儀礼が溶け込んでいます。

 代表的な儀礼は「チャレ(茶禮)」と呼ばれ、旧正月と秋夕(中秋)の早朝に行われます。祭壇に心を込めて調理した料理と供物を供え、先祖の魂を称えて一年の安泰と豊作を一族で祈ります。

 また、身内の命日には「ジェサ(祭祀)」と呼ばれる儀礼を執り行います。「ジェサ」は前日の24時近くから行われ、亡くなった人を称え、その面影を偲びます。

 今回のコラムは少し趣向を変え、釜山で行われた母方のジェサに参加した体験を綴ります。


今回参加したジェサの祭壇

 ジェサは一族の長男とその家族が中心になって準備し執り行います。嫁いだ女性は主人側の祭祀に参加しますので、私も子供のころから、父方のジェサに参加することはあっても、母方では一度もなかったのです。

 それで、今回思い切って休みを取って、初めて母の祖母のジェサに参加するため釜山へ行って来ました。参加とは言っても女性はジェサに使う料理を作るだけで、実際のジェサは男性だけで行われるのですけれど…。


礼式に則り、料理や供物を飾り付けます

 農業を営んでいる三番目のおじさん夫婦は冬の時期は忙しくないので来れますが、他のおじさんたちは、共稼ぎでしかも遠くいるので来れないか、仕事が終わってから来ます。

 そういう訳で、買い物から調理まで、ほとんど一番上のおばさんが一人でやることが多いそうです。さらに、旧正月と秋夕のチャレの時はジェサより料理の数がもっと増えます。これらを1年に7回、35年の間黙々とやりこなしてきています。

 おばさんには買い物の時にそれなりのル-ルがあって、まず良い品物を選ぶこと、価格取り引きをしないこと、言葉を惜しむこと、大事な儀式を控えているのでこの三つに気を付けながら買い物をしているそうです。


女性陣は朝から料理の準備に大わらわです

 ジェサの準備は朝から始まりました。まず、おばさんが仕込んだ牛肉、白身魚、海老、白菜、魚のすりもの、椎茸、それに長葱、エリンギ、かまぼこ、ハム等を細長く切って串にさしたものに小麦粉と溶き卵を付けた後、油で焼きます。さつまいもはころもをつけて揚げます。

 ジェサが終わった後、皆で一緒に食べたり配ったりするので、ジェサで使う量は少ないのですがたくさん作ります。ただし、たくさんあるからといって祭祀が終わる前に食べたりするとご先祖様を怒らせますので、手を出してはいけません。



魚は、しっぽを切り落とし、串を刺してからホイルに包み、釜で蒸します

 地方や家庭によって料理の内容や数は少し異なります。釜山は海から近いので魚をたくさん使います。いしもち、たい、さば、にべ、他の地方では珍しい鯨などを塩を振った後一、二日干します。これらをしっぽを切って身が崩れないように串を魚の口側からしっぽまで通します。それから、丸ごとホイルに包んで釜で蒸します。牛肉、大根、豆腐などを入れて塩で味付けをしたスープも作ります。

 ジェサの時間が近くなると、ほうれん草、豆もやし、わらびを茹でて、塩、醤油、ごま油などで和えます。タコを蒸し、塩を振っておいた豆腐を焼きます。


揚げ物や焼き物をたくさん作ります
お料理いろいろ





 24時近くなると、用意した食べ物を祭祀器にきれいに盛り付けます。りんご、なし、柿、みかんは上の部分だけ皮をむき、栗は全部きれいにむいて器に盛ります。魂が無事に部屋まで来られるように、玄関の入口から部屋までのドアを少し開けておきます。

 男性陣は服を着替えてジェサを行う準備をします。屏風を立ててその前にテーブルを置き、食べ物を決まった場所に置きます。そして、香を焚いてお酒を注ぎます。お辞儀を2回して魂がいらっしゃる迄しばらく待ちます。それから、魂が無事に食事ができるよう、スプーンとおはしをご飯の上に乗せたり、祝門を呼んだり、お酒を何回も注いだりして、そのたびにお辞儀をします。

 最後に、スプーンとおはしを元のところに戻してお辞儀を2回しますが、これは「気を付けてお帰りください」という意味です。


男性陣が祭壇を整え、お辞儀をして魂がおいでになるのを待ちます

 ここまで30分ほどかかります。それから全員で供え物を食べたところでジェサが終わります。

 ジェサの料理は、韓国料理に欠かせない唐辛子とにんにくは魂を追い出すと言い一切使わないですし、手をあまり加えないのでほとんど素材そのものに近いシンプルな味です。

 おばさんは、今回のジェサは手伝ってくれる人が多くて助かったと言って、あなたは長男とは結婚しないでねといいながら笑いました。私は祭祀をしないクリスチャンと結婚したいと答えましたけれど…。ジェサには参加できませんでしたが、準備を手伝う間、おばさんたちが祖母との思い出を聞かせてくれてとても貴重な時間でした。


  ◎ハングル単語メモ

    제사(ジェサ):祭祀
    절(ジョル):お辞儀
    준비(ジュンビ):準備
    친척(チンチョッ):親戚
    할머니(ハルモニ):おばあさん
  • 金昭英(キム・ソヨン)1979年江原道江陵市生まれ
    東京の語学スクールで日本語を学び、現在は水原市で日本語通訳として働いている。