
「どうして韓国には温泉がこんなに多いのですか?」と、韓国では町のあちらこちらに温泉マークが表示されていることが、温泉大国から来た日本人には不思議でならないようです。
実は、韓国では旅館や銭湯の看板として温泉マークが使われています。その理由は私にはよく分かりませんが、韓国人ならばそのマークを見ると当たり前のように旅館や銭湯を思い浮かべます。
とはいっても、韓国語で旅館(ヨガン)というのは安いラブホテルであることが多いので、日本の旅館とはかなり違います。日本でいうところの旅館に最も近いのは、韓国のもっとも伝統的な家屋である「韓屋(ハンオク)」を利用した宿泊施設ではないかと思います。
※編集部注:日本でも以前はそのような宿泊施設に温泉マーク(いわゆる逆さクラゲ)を使っていましたので、韓国でもその名残が見られるのでしょう。日本では40年ほど前にその種の宿泊施設で使用することが禁じられました。韓国でも、昨年、本物の温泉だけが掲示することができる新しい温泉マークが制定されたそうです。

◆新羅の王達の陵墓がいくつも並んでいます。
妙な書き出しで始まりましたが、先日、慶州(慶州は新羅王国の都があったところで、日本でいえば京都や奈良のような古都です)へ旅行し、韓屋へ泊まる機会がありましたので、ぜひご紹介したいと思ったからなのです。

◆この韓屋の名前はスオジェと言います。
今回宿泊した韓屋は、大学教授で旅行作家でもあるご主人が、韓国国内に放置されていた4棟の古い韓屋をこの地に運び、組み立てたものです。4棟のなかで最も古い韓屋は900年ほど前に建てられたものですが、礎石は更に古く、1000年を優に過ぎたものだそうです 。
韓屋の最大の特徴は、暖房のためのオンドルと冷房のための床が上手く結合された構造を備えている点で、暑さと寒さに対処する韓国が生み出した独特の住居形式です。
ここでは、お風呂場とトイレこそ現代人が使いやすいように改造されていますが、外観は昔のままに保存する努力が見られます。4棟がそれぞれ異なる地方で異なる時期に建てられたのですが、まるで初めからここにあったかのような調和も感じられます。
ちなみに、韓国ではいま気候風土に適った建築様式として韓屋の再評価が進んでおり、韓屋を改造してお客さんをお迎えする宿泊施設が増えている他に、古い韓屋に移り住んだり韓屋を新築する人々も増えています。

今回宿泊した韓屋では、日本式旅館のような丁寧なサービスはありませんが、田舍の親戚の家に来たような親しみと気楽さを感じさせてくれます。長距離・長時間の運転でくたびれ果てていましたが、ポカポカするオンドルで一晩寝たら体がとても軽く感じられました。
翌朝、ご主人と一緒にお茶を飲みながら、ご主人の著作についての話やこちらを利用したお客さんの話で盛り上がりました。たまにはお客さんたちと自家製のお酒を飲みながら色々な話をするのが楽しみの一つなのだそうですが、私たちは昨夜遅く到着したので、それができなかったことを残念に思うとご主人が話しておられました。
その代わりという訳でもないのですが、遠くから知り合いが来ると良く行くというフェビビンバの専門店を教えてくれました(と、ようやく食べ物の話にたどり着きました…)。

そのお店は、地元の人でないとなかなか分かりにくい場所にありました。お昼前だというのに配達準備でキッチンはすでに慌ただしいようでした。お店のおばさんは慶尚道特有の訛りと人懐っこい笑顔で、初めて訪れた私たちを常連さんのように迎えてくれました。
「店が狭くて余りきれいじゃなくてごめんなさいね。でもね、建て替えたくても、ご存じのように慶州はどこを掘っても文化遺産が出てくるので、市から工事許可をもらうのは難しいし、たとえ許可をもらったとしても途中で遺物が出てきたら、しばらく工事が中止になるのが日常茶飯事なんですよ。だから、建て替えをあきらめてそのまま営業していたら20年以上も経ってしまったのよ。」と、愉快な声で話すおばさんですが、ビビンバにはかなりの自信を持っているようで、 「だけどね、ビビンバに使うお刺身はウチの旦那が毎朝3時に浦項の港まで行って仕入れてくるんですよ。予算が少しぐらいオーバーしてもその日一番良い魚を仕入れるので、味だけは自信があります。サヨリは特に鮮度が落ちやすい魚で、時間が経つと身が柔らかくなってしまうのだけど、ウチのサヨリは歯ごたえを感じるくらい新鮮でおいしいのよ。その日の仕入れ量によって閉店時間も変わるのだけれど、昨日は風が強くて漁に出た船が少なかったから仕入れ量も少ないのに、団体予約があるのでお客さんがたくさん来たらどうしようかと心配なのよね。」とのことでした。

◆お店の入り口にある練炭ストーブの上には「おこげ汁」が
載せられており、 お茶代わりにお客さんに出してくれます。
そんな話をしながら、写真を撮られるのは照れくさいといいつつポーズをきちんと取ってくれました。 本当に気の良いおばさんでした。

フェビビンバ(お刺身のビビンバ)は、普通のビビンバと違って野菜の種類は少ないのですが、その代わりに新鮮なお刺身が入ります。
このお店では、ボラ、イカ、ムシガレイ、サヨリ、コノシロの中から旬のお刺身3種類が入ります。この日は、刻んだ大根、ニンジン、サンチュの上にムシガレイ、サヨリ、コノシロが入った大きい器が出てきました。

それにご飯と酢コチュジャンを入れて混ぜますが、完全に混ぜてから食べるのが韓国式の食べ方です(酢コチュジャンは、韓国の辛味噌にコチュジャン、お酢、砂糖、ニンニク、ごま油等を加えたもので、韓国で刺身を食べる時は欠かせません)。
お刺身本来の味を楽しむためには日本風に醤油が適切だと思いますが、韓国人は刺身と一緒に野菜をたくさん食べるので、醤油だけでは何かもの足りない気がします。フェビビンバも酢コチュジャンが入ったことで、野菜とご飯とお刺身が絶妙に調和しているように思います。
また、フェビビンバを柔らかい白菜に包んで食べると白菜から甘い水分が出るのでより美味しく食べられます。

女が4人も揃っているのに、ただ「おいしい」という言葉を連発するだけで、食べ終わるまでとても静かでした(笑)。お刺身は本当に最高でした。4人とも「10点満点の10点~」という韓国の人気アイドル2PMのデビュー曲を口ずさむことで美味しさと満足感を表現するのが精一杯でした。
お値段は、一人前7000ウォン(日本円で600円弱)というお得感一杯のプライス!
幸せな出だしで慶州旅行の間、ずっとこの調子で楽しむことができました。
◎きまぐれハングル一口メモ
旅館(ヨガン:yo gwan)、ハングル表記は「여관」
韓屋(ハンオク:han ok)、ハングル表記は「한옥」
フェビビンバ:hoe bibimbap)、ハングル表記は「회 비빔밥」。「フェ」は刺身のこと。
編集部注:筆者によれば、日本で定着した「ビビンバ」という表記は違和感があるそうです。とはいえ、現在の日本語は単調な「音」だけになってしまったので、表記のすべがありません。よって、日本人にお馴染みの表記で了解してもらいました。日本人が外国語の習得に不得手なのはこんなことも一因なのでしょうか。
- 金昭英(キム・ソヨン)1979年江原道江陵市生まれ
東京の語学スクールで日本語を学び、現在は水原市で日本語通訳として働いている。