風土47
旅空子の「味」な旅・見出し
 
新潟県■文学と歴史に彩られた港・直江津


船を思わせる直江津駅舎と森光子記念碑

宿や菓子店が並ぶ駅北口の駅前通り

毎月3と8の日に催される三八朝市

『山椒大夫』の安寿と厨子王丸供養塔

佐渡への船が出る関川河口の直江津港

『放浪記』に書かれた三野屋の「継続だんご」

ホテルハイマートの人気駅弁「さけめし」
 新潟県南西部、日本海に臨む直江津は古くから開けた港町。奈良時代は国府・国分寺が置かれ、戦国時代は上杉謙信の春日山城の外港として、江戸時代は北前船の寄港で大いに栄えた。

 北陸道や北国街道、信越本線と北陸本線の分岐点など昔から交通の要地にあって賑わった。しかし北陸新幹線ルートから外れ、JR線の一部が第三セクターに変わって、寂しくなったのは否めない。

 20年前にリニューアルの駅舎は、直江津港に何度か寄港した豪華客船「飛鳥」をモチーフにした4層階建て。大正末期、疲れ果てた心を癒すために海と港の直江津を訪れた林芙美子が、小説『放浪記』にこの町のことを記している。

 この作品のヒロインを2000回舞台上演を続け、国民栄誉賞を受けた女優・森光子さん。彼女の文字で「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」と刻んだ記念碑が著者の芙美子が実際に泊まったセンチュリーイカヤホテル前に建てられた。

 この直江津の町で生きる勇気を得たのが、今も駅前通りに健在の三野屋菓子店の銘菓「継続だんご」。白餡を平たく丸めて串に刺し、軽く焼いて寒天を掛けて照りを出した伝統の菓子で、ほっこりして抑えめの甘さは飽きのこないおいしさ。

 駅前通りにはホテルや木造の駅前旅館、菓子店などが並び、交通の要衝の名残を今に伝える。通りの西側には祇園祭の舞台の八坂神社、土蔵造りの本堂を構える真行寺、義経・弁慶が立ち寄った観音寺など古寺社が歴史をしのばせる。

 この北側には眺望がいい大神宮、上下に道が並行する二段坂、『おくのほそ道』ゆかりの聴信寺、3と8の付く日に市が立つ三・八朝市通り、関川河口には安寿と厨子王供養塔や森鴎外文学碑が立っている。

 安寿・厨子王の姉弟が人買いに騙されて母親と別々の船に乗せられ売られて苦難の人生を歩む森鷗外の小説『山椒大夫』はこの直江津の港から始まる。
 母は佐渡へ、幼い姉弟は丹波へ離れ離れにされるストーリーにやりきれない哀しさで胸が詰ったことを思い出す。

 琴平神社の脇には松尾芭蕉句碑、夕陽が美しい日本海沿いの船見公園には与謝野晶子歌碑、荒川橋のたもとには林芙美子文学碑も立っている。直江津は余り知られていないが、文学と歴史のゆかり深い港町である。


〈交通〉
・JR信越線、えちごトキめき鉄道直江津駅下車
〈問合せ〉
・上越市観光案内所☏025・539・6515
 
中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表、北海道生まれ、早大卒。近著に「日本百銘菓」(NHK出版新書)