風土47
旅空子の「味」な旅・見出し
 
静岡県■海と山と湯に恵まれた伊豆有数の温泉町


望楼のある木造3階建ての町のシンボル東海館

桜並木と竹あかりに誘われる松川遊歩道

伊東の長い歴史を秘めた古社の音無神社

新鮮美味な五味屋の刺身定食1580円

バター風味になごむ伊東銘菓「百花譜」

郷土の誇りの文人・木下杢太郎記念館

三浦按針胸像と日本初の洋式帆船のモニュメント
 コロナ禍で自粛ムードの中、止むなき所用で特急「踊り子号」で伊東に行ってきた。いつもの夏なら海を前にする伊東温泉は海水浴客でも大賑わいだが、今年は飲食店、土産物店がどこも人影がまばら。

 用事を済ませてゆっくり街を歩いてみた。最初に立ち寄ったのは、松川河畔に建築技術を駆使して昭和3年に建てられた名旅館の東海館。今は観光のシンボルとして保存、公開。銘木を使った趣の異なる客室や廊下、大広間、浴室に目を見張った。

 対岸の松川べりは桜や花木が植えられ、竹あかりが並ぶ散策路の松川遊歩道。上流へ歩けば、領主・伊東祐親の娘・八重姫と源頼朝が密かに逢瀬を重ねたという古社の音無神社が近かった。縁結びと安産の神様として信仰が厚いという。

 街中をぶらつくと、和田寿老人の湯や松原大黒天神の湯など観光客も入れる共同場の“七福神の湯“が点在。湯量豊富な42~43℃ほどのアルカリ性単純温泉である。

 駅前いちょう通りに出て、普段の昼時は行列人気の海鮮料理の味の店・五味屋で6種盛り刺身定食で腹ごしらえ。「こんな時に来てくださったからおまけよ」と笑顔。

 美味に満ち足りてなまこ壁・白壁土蔵造りの木下杢太郎記念館に立ち寄る。伊東のこの家に生まれた杢太郎は本名・太田正雄。優れた医学者ながら詩や戯曲、小説、随筆、絵画など白秋や啄木、漱石らとも交友した明治・大正の文学者である。

 彼の画集をモチーフにした石舟庵の銘菓「百花譜」を土産に買った。バター風味の洋風の白餡入りの焼き菓子である。

 東海館から松川沿いを海に向かうと、河口近くの渚橋のたもとに三浦按針の胸像と帆船サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号のモニュメントが目についた。

 解説版によると按針ことウイリアム・アダムスは、江戸初期に大分に漂着した英国人航海士。日本に帰化して、徳川家康の外交顧問として活躍。彼が日本初の洋式帆船を建造したのがこの地と記してある。

 400年余前の歴史に思いを寄せて、対岸の彫像と芝生のなぎさ公園で潮風に吹かれながらひととき過ごす。北側のオレンジビーチでは幼児連れの家族が3組ほど。

 目の前の駿河湾には初島が浮かぶ。青い海を隔てて三浦半島や房総半島も見える。

 海も山も広く高く青いのに、今年の夏ばかりは空気はどんより。しみじみと過ごすにはいい時なのかもしれない。

〈交通〉
・JR伊東線伊東駅下車
〈問合せ〉
・伊東市観光課☏0557・36・0111
・伊東観光協会☏0557・37・6105
 
中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。近著に「日本百銘菓」(NHK出版新書)