風土47
今月の旅・見出し
 
 
岡山県■水と緑のほとりに歴史や文化が息づく町・岡山


明るくて広やかな日本三名園の岡山後楽園

壁が黒塗りで“烏城”と呼ばれる岡山城天守閣

市内見学の足になる路面電車の岡山電気軌道

さわら、ままかり、穴子など瀬戸内の味揃い

岡山の土産に欠かせない「大手まんぢゅう」

目にも舌にも涼感たっぷりの「陸乃宝珠」

ビル街に安らぎを添える水と緑の西川緑道公園
 県の中央南部を占める岡山市は旭川右岸を中心街に南北に長く広がる、全国18番目の政令都市。中、北、東、南の4区に70万余の人口を数える。温暖な気候と豊饒な土地、“晴れの国”と称する天候に恵まれ、マスカットや白桃、メロンなどの果物王国。サワラ、ママカリ、アナゴなど瀬戸内からの海の幸も豊富である。

 古代・吉備国、奈良時代、戦国時代、江戸時代を通して山陽地方の政治、経済、文化、交通の要衝として栄えてきた。

 駅前には伝説の桃太郎の像が立ち、ビルの連なる駅前通りの名も桃太郎大通り。そこを走る路面電車に乗って、音楽会やイベントなどが催される岡山シンフォニーホール前(電停城下)で下車して歩きで後楽園に向かう。

 すぐに西アジアの貴重な美術品を多数、収蔵展示する市立オリエント美術館や出土品、民具、刀剣、備前焼など美術工芸品を展示する県立美術館が続く。旭川にかかる鶴見橋の先の大正ロマンの夢二郷土美術館や、後楽園入口の歴史を語り伝える県立博物館、天守閣のそばの武家屋敷門を構える国宝・重要文化財多数の林原美術館など岡山ではそこここで文化の風にあおられる。

 岡山後楽園(086・272・1148)は藩主池田侯が14年をかけたみごとな大名庭園で、ご存知、兼六園、偕楽園と並ぶ日本三名園である。手入れの行き届いた広々した芝生と沢の池、花葉の池を中心に築山、茶室、庵、茶畑、梅園、桜林が取り巻く。高さ6メートルの唯心山からは明るく開放的で親しみやすい園内が見渡せた。

 南門から月見橋を渡って下から仰ぐ岡山城(086・225・2096)は、黒い漆塗りの3層6階の天守閣がさすがに高い。この城は豊臣秀吉に厚遇されて大大名になった宇喜多秀家の築城だが、関ヶ原の合戦では西軍の大将格で八丈島に島流し。のちの城主・小早川秀秋が2年足らずで夭折後、池田侯の治世が明治まで続いた。

 繁華街は城の南西方角の表町商店街、飲食街は田町・中央町あたり。駅ビルの「さんすて岡山」にも食べ処が多いと聞き、その一軒で“岡山名物全部入り”と謳う『瀬戸内御膳』で、さわらの酢漬け、ままかり握りずし、タコ、穴子などを賞味した。

 ままかりは瀬戸内海で獲れる正式名サッパというニシン科の魚で、酢漬けは人気の郷土料理。あまり旨くて隣の家にご飯(まんま)を借りに行きたくなるというまい話が名の由来だ。新鮮な海山の幸をふんだんに盛った「ばら寿司」も名物だ。

 お土産にはあんこが見えるほど皮の薄い江戸後期からの伊部屋「大手まんぢゅう」がお薦め。藩主池田侯お気に入りだったという。夏から秋にかけては特産のマスカットや白桃、ピオーネなどの果物の季節。生食はもちろんだが、マスカットを1粒、求肥で包み砂糖をまぶした宗家源吉兆庵の「陸乃宝珠」は上品で贅沢な涼菓である。


〈交通〉
・JR山陽新幹線・山陽線岡山駅下車
〈問合せ〉
・岡山市観光コンベンション推進課☏086・803・1332
・おかやま観光コンベンション協会☏086・227・0015
 
静岡県■自然に恵まれた海・山の幸と文学者ゆかりの沼津


狩野川の向こうにビルが立ち並ぶ沼津の中心街

晴れれば海水浴で賑わう千本浜。富士山がきれい

よく散策した千本松原近くの若山牧水記念館

朝は魚市場や魚介の水揚げで賑わう沼津港

「漁師めし食堂」の人気メニューの海鮮丼

80軒ほどの飲食・土産店が集まる沼津港飲食街

外のシュー皮もおいしいイタリアン・ロール
 町の中をゆったり流れる狩野川のほとり。伊豆半島の北西に位置する沼津はかつて東海道の宿場町、江戸時代は水野氏5万石の城下町。そんな歴史は目立たないが、富士山、駿河湾、狩野川がつくる景勝と芹沢光治良、若山牧水、井上靖ら文学ゆかり、あじのひものなど海産物でも知られる商工都市だ。

 新幹線三島駅の隣のためつい素通りされがちだが、駅周辺は人口19万人らしい都会的な賑わいがある。無料のレンタサイクルで千本浜公園、沼津港、御用邸記念公園辺りまで海寄りの道をのんびりペダルを踏んだ。

 駿河湾に沿って大きく弧を描く千本浜は夏は海水浴場で華やぐ千本松原が続く浜辺。松林の中は文学の散歩道で、少年時代を沼津で過ごした井上靖の文学館や旅と酒を愛して晩年の8年間、沼津に住んだ歌人・若山牧水の文学碑もある。

 碑には宮崎・延岡生まれで各地を旅した牧水の代表歌「幾山河越えさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく」が刻んである。南の別荘地のような閑静な一角に立つ若山牧水記念館(055・962・0424)で静かにしみじみと歌や人柄をしのんだ。

 ここから5分ほどペダルを踏むと狩野川河口の沼津港に着く。囲い込んだ内湾には漁船が繋がれ、岸には魚市場や地元の特産物が集まる沼津みなと新鮮館がある。

 碁盤目に区画された飲食店街には海鮮料理など50店を超す食事処や30店近い、ひものなどの土産店がひしめき、どこも大繁盛。飲み食いや買い物の観光客で賑わっていた。その一軒の「漁師めし食堂」でボリュームたっぷりの海鮮丼を味わった。

 お腹ごなしに港大橋を渡って、地元沼津中学から一高、東大、農商務省を経て、『巴里に死す』『人間の運命』など作家になった芹沢光治良の我入道の生家跡を訪ね、松林に囲まれた打ち放しのコンクリートの記念館(055・932・0255)へ足をのばした。

 ここからペダルに力を込めてたどり着いた沼津御用邸記念公園(055・931・0005)は明治・大正・昭和の3代にわたり天皇家に使われた由緒ある建物。47年前から記念公園として一般に開放。復元の家具・調度品で当時の皇族の暮らしに触れられる西付属邸や文化活動に使われる東付属邸なども見学できる。

 駅前に戻る途中、店でしか買えない「イタリアンロール」の冨久屋に立ち寄り、本町辺りの沼津宿本陣跡や中央公園の沼津城本丸跡の石標など江戸時代を探した。


〈交通〉
・JR東海道本線沼津駅下車
〈問合せ〉
・沼津市観光交流課☏055・934・4747
・NPO法人沼津観光協会☏055・964・1300
 
中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。