風土47
今月の旅・見出し


黄色い花から紅が採れる紅花(山形・白鷹町にて)
 7月1日は元日から数えて182日、大晦日までは183日です。つまり1年365日の真ん中は1日から2日に切り替わる0時に当たります。

 2日は暦の上では「半夏生」(はんげしょう)。この頃から、かつて山形県最上地方に莫大な財産をもたらした「紅花」(べにばな)が咲き出します。染料や口紅などにもてはやされた紅花も化学染料などの出現で今や保存・伝承や観賞用などすっかり減少しました。それでも山形市や河北町などでは花畑が見られ、早朝には花摘み風景も目にします。

 化学香料で衰退したラベンダーも同様ですが、北海道富良野・美瑛をはじめ、河口湖や沼田市など各地に広がっています。富良野辺りでの花期は例年7月中~下旬です。

 29日の「土用の丑」で大繁盛のニホンウナギも絶滅危惧種に指定されました。

 7月は失われつつあるモノへ心寄せたい季節です。

にっぽん・お菓子紀行~旅で出合った名菓・珍菓~ハスカップジュエリー/じゃがポックル(北海道千歳市)

もりもとの「ハスカップジュエリー」
カルビーの「じゃがポックル」
 国内客だけでも年間1650万余の利用客で賑わう新千歳空港のある千歳市は、北海道の空の玄関口。札幌にも近く、道内観光の起点として便利な町です。ビールや菓子など食品関係の生産工場も多く進出しています。

 そんな中で代表するのは、薄焼きクッキーでハスカップとバタークリームをサンド、チョコレートで縁取りしたちょっぴりの甘酸っぱさも魅力の老舗もりもとの「ハスカップジュエリー」。もう1つがかっぱえびせんでおなじみのカルビー千歳工場限定製造の「じゃがポックル」。カットしたポテトを油で揚げ、味を付けたシンプルなものですが、カリッツ、サクッとした歯応えとほこっとしたおいしさで、今も人気みやげです。


・もりもと☎0123・23・4182
・カルビー千歳工場☎0123・26・1111

青森県■城下町情緒と洋風建築のレトロ&モダンな弘前


工事でまもなく移転する弘前城天守閣

モダンな旧弘前市立図書館。内部見学可

ラグノウささきの名菓「気になるリンゴ」

食堂・大和家の「津軽百年食堂弁当」
 弘前は津軽藩10万石の城下町。リンゴの町、ハイカラ洋館の町、桜の名所などさまざまな顔をもつ、人口18万余の津軽地方の中心都市です。

 駅の案内所で城までの道を訪ねると、「お城は歩くには遠すぎますよ」と言われて、勧められたレンタサイクルで町に繰り出しました。 弘前城は自転車でも10分余離れた小高い台地にあって、広い城域を占めています。

 本丸東面石垣に膨らみができて崩落の恐れがあるとのことで、天守閣の移動させ、堀の水抜き・埋め立てなど大がかりな石垣修理の工事がまもなく始まるところでした。3年間ほどは今の姿は見えなくなるとのことで、例年より人出が多いようでした。

 大修理といってもほんの一部のことで、城域には入ることはできるようですが、赤い欄干の下乗橋を入れた天守閣のカットはしばらく見られなくなるとのことでした。

 弘前では他にも見ものは多く、城の北側に江戸後期の荒物などの豪商・石場家住宅やサワラの生垣に黒板塀や黒門を構える仲町武家屋敷街、南側には33ヶ寺が連なる禅林街の長勝寺構えなど、城下町の面影も色濃く宿っています。

 またキリスト教の先進地でもあったので西欧の文物が早くから入り、洋風建築も多く建てられました。みごとなのは明治中期に日本人棟梁による木造2階建てのルネッサンス様式の壮麗な青森銀行記念館や八角形3階建てのハイカラな旧弘前市立図書館です。さらに瀟洒な2階建の旧東奥義塾外人教師館、ゴシック様式の日本キリスト教団弘前教会など市街のそこここに残り、城下町の中で洋風のハイカラさがいっそう鮮烈に目に焼きつきます。

 リンゴ生産全国一の町だけに、リンゴを丸ごと1個パイ生地に包んで焼き上げたユニークな「気になるリンゴ」をはじめ、リンゴのシロップ漬けをパイ生地で包んだ「パテシェのりんごスティック」、リンゴ酒を混ぜ込んだ濃厚チョコ生地にドライアップルを加えて蒸し焼きにした「森ショコラ」などリンゴ菓子もいろいろあります。いずれも老舗のラグノオささきの製品です。

 駅弁なら映画化をきっかけに生まれた、老舗食堂・大和家が売り出した「津軽百年食堂弁当」もおすすめです。レトロ&モダンが混在する弘前は、自転車でさまよいながら訪ねると楽しい町です。地元のおばあちゃんが言うように「迷ったらお城やお山(岩木山)さ、探しな」

<交通>
・青森駅から弘前まで奥羽本線普通列車で約40分
<問合せ>
・弘前観光コンベンション協会☎0172・35・3131
・弘前市立観光館☎0172・37・5501
・ラグノオささき☎0172・35・0353

福井県■大陸の文物の渡来や鯖街道が始まる港町・小浜


花街の面影残す古い町並みの三丁町

商店街にある鯖街道の出発点が目を引く

たくさんの食材が彩りよくぎっしり

そっくりの焼印の「オバマまんじゅう」
 越前と二分して県西南部に位置する若狭。その中心都市が小浜(おばま)です。リアス式海岸の入江を抱く天然の良港で、日本海沿岸からの出入りに留まらず、古くから中国や朝鮮との交易の出入り口でもありました。大陸からの文物はここを玄関口に奈良、京都、大阪などへと運ばれました。

 “海のある奈良”の異称のように市内や周辺には100を超える寺院があり、国府や守護職、城が置かれるなどいつの時代も重視されてきました。

 関ヶ原の合戦後、入封の京極高次の妻は、秀吉の側室・茶々(淀君)を姉に、徳川2代将軍秀忠正室で3代家光の母・江与を妹にもつ浅井三姉妹の次女・初であったことで知られています。

 町は海に向かって扇状にひらけて、「江戸時代の地図が使える」とまでいわれるほど、昔のままに寺々や細格子、千本格子の古い町並みが多く残っています。

 最初に向かったのはかつて遊郭として賑わった家並みが残る三丁町。細い路地にかつての料亭や低い2階、格子戸、袖壁の茶屋などが軒を連ねる風景は、今は艶を鈍らせひっそりしていますが、夜になると灯を点すお座敷から三味線の音がこぼれ、かつての華やぎがふっと浮かんできます。水上勉『波影』の舞台で、映画化もされました。

 近くの小浜公園で言葉を交わした白髪のお年寄り。「主役の若尾文子はんが若い頃どした。ほんまきれいどしたわ」。どこか京風言葉なのは峠を越えれば京都が近く、小浜の娘さんは見習い奉公に京都に行くなど結びつきが強かったと聞きました。

 そういえば小浜の港に揚がった鯖などは一塩して背中にくくりつけられ夜通しで京都に運ばれました。その「鯖街道」の出発点を示す標示を道路で発見。立ち止まると、京都への思いが動き出すような感じでした。

 国内や海外の物資が集まる小浜は朝廷の食糧供給地で、「御食国」(みけつくに)と呼ばれました。その味わいと名称をのせた濱の四季が製造販売する「御食国濱のかあちゃんのまごころ焼き鯖そぼろ寿司弁当」なる日本一長い名前の駅弁を見つけました。

 また同名のよしみで、オバマ氏のアメリカ大統領就任を祝い、応援を込めて発売した、井上耕養庵の「オバマまんじゅう」は美味しい酒饅頭です。

<交通>
・敦賀から小浜まで小浜線普通列車で約1時間
<問合せ>
・若狭おばま観光協会☎0770・53・1111
・若狭おばま観光案内所☎0770・52・2052
・お食事処濱の四季☎0770・53・0140
・井上耕養庵☎0770・52・0190
中尾隆之
中尾隆之(日本旅のペンクラブ代表)
出版社を経てフリーランスライターに。月に10日は取材旅行の現場主義で、町並み、鉄道、温泉、味覚等の紀行コラム、エッセイ、ガイド文を執筆。とくにお菓子好きで、新聞、雑誌にコラム連載のほか、『全国和菓子風土記』の著書もある。2007年8月に「全国土産銘菓選手権初代TVチャンピオン」(テレビ東京系)に。