風土47
今月の旅・見出し

 1年の半分が過ぎていよいよ夏本番です。梅雨はどうなっているのでしょう。
 1日は世界文化遺産に登録された富士山の山開き。例年にも増して登山客がどっと押し寄せることでしょう。2日は1年の折り返しに当たる「半夏生」(はんげしょう)です。
 「半夏一つ咲き」という言葉の通り、山形で今も栽培されている紅花がこの日あたりを境目にひと花が咲き出し、それにならうかのように同じ畑の花が次々と咲き出すそうです。
 7日は天の川の対岸にある牽牛(彦星)と織女(織姫星)が年に1度相会するという「七夕」(たなばた)です(地域によって8月7日)。
 ご存じのように、字や芸事の上達などの願いを書いた5色の短冊を笹竹などに飾る風習は、子どものいる家庭や保育園・幼稚園、学校などに根強く続いています。
 太陽、青空、夏雲、星座など空を仰ぐことの多い夏ですが、地上の山や野、畑も草花や緑の饗宴です。北海道では美瑛・富良野の丘陵地帯はラベンダーの季節です。
 人は夏バテ、水難、食中毒、熱中症気味の時、健康にも気をつけたい月です。
 ウナギ屋に行列ができる「土用の丑」は今年は7月22日です。人気の上昇以上に価格の方がウナギ昇りの昨今です。


ラベンダーなど花々が咲く北海道・美瑛の丘

季節の甘味話■7月


鵜飼の長良川河畔の玉井屋本舗の「登り鮎」

 鮎が清流を遡る季節です。7月は「登り鮎」や「若鮎」銘など鮎に見立てた菓子が登場します。小麦粉、鶏卵、砂糖を練って焼いたカステラ生地で鮎を形どり、目や口、鰓(えら)など焼印で描いて求肥を包んだ焼き菓子です。見た目に愛らしく、甘さもあっさり。
 同じ製法で税の代わりに調(みつぎ)として納めた布になぞらえた「調布」というお菓子も作られます。なお金沢などの和菓子店では1日の氷室(ひむろ)の日に作る紅白の「氷室饅頭」を配るのが恒例になっています。

新潟県■緑と花が咲き乱れる『雪国』湯沢の輝く夏


展望を楽しみながら入れる「雲の上の足湯」

清流や池の周りはかっこうの散策コースに

可憐なクリンソウなどが咲く7月のガーデン

山小屋風の湯沢の共同浴場「山の湯」の湯船

 越後湯沢といえば「国境の長いトンネルを抜けると……」で始まる川端康成の名作『雪国』であまりにも名高い温泉地。日本有数の豪雪地帯で、全国屈指のスキー場としても知られていますが、その割に夏の旅先としての印象が薄いようです。
 けれど夏は洋風建物のホテルやペンション、ヒュッテなどレストランもまた冬とはうって変って緑に鮮やかに映え合います。
 なかでも標高1172メートルの大峰山の北斜面、ロープウェイで7分で上る湯沢高原アルプの里は展望開ける標高1000メートルのハイランド。夏は清涼な風が吹き高山植物や湿性植物が咲き誇るロックガーデンです。7月はスイレン、ユリ、レンゲツツジ、ニッコウキスゲ、クリンソウなど色とりどりに咲き乱れます。
 湯沢はまた有数の温泉地。日帰り入浴施設も多くあります。温泉街では元祖の湯元共同浴場「山の湯」が43.4℃の源泉かけ流しで、すぐ近くの宿「高半」に泊まった川端康成も入りに来たといいます。『雪国』のヒロインの名を付けた「駒子の湯」も近くにあって、ナトリウム・カルシウム‐塩化物泉の疲れが抜けるような熱めの湯でした。

<交通>
・上越新幹線越後湯沢駅下車、
ロープウェイ山麓駅まで徒歩10分
<問合せ>
・湯沢町観光協会 ☎025・785・5505
・湯沢高原アルプの里
 ☎025・784・3326

奈良県■古都の人の暮らしを支えた町人たちの奈良町


軒下に"猿ぼぼ"が下がる、職人・商人町の奈良町

人の暮らしの息づかいが伝わる奈良町の小路・路地
奈良時代の神饌から生まれた萬々堂通則「ぶと饅頭」
お中元に人気の(株)池利の夏野菜を使ったそうめん

 奈良・興福寺の五重塔が倒影する猿沢池の南西に、住居表示にはない"奈良町"と呼ばれる地区があります。奈良・平安時代から今日まで、平城京や寺社の町の暮らしを支える食料や仏具、墨・筆、和紙、薬、菓子などを作り、商う人たちが住んできた町人の町です。
 そうした店々が狭く細い小路に連なるのがレトロな今御門(いまみかど)通り、飯餅殿(もちいどの)通り、下御門(しもみかど)通り。そこを抜けて、曲がりくねった細い路地に軒を連ねる千本格子、虫籠窓、白壁土蔵造りの町家や商家に出合います。
 そんな町並みで目をひくのが、軒下に吊るされた赤い四角い綿入りの布の四隅を1つにくくりつけて猿をかたどった"猿ぼぼ"です。人間の罪の身代わりになってくれるという"庚申(こうしん)信仰"が生き続けているのです。
 この辺りは南都七大寺の1つの元興寺(がんごうじ)の寺域でしたが、焼失して再興に取り掛かる前にたちまち人が住みついたのが始まりだそうです。
 商店街で見つけたのは米の粉を皮に小豆あんを包んでゴマ油で揚げた萬々堂通則の「ぶと饅頭」。小豆の漉し餡がほっこりの、表面に砂糖をまぶした和風揚げドーナツです。
 奈良の夏の名物に舌にひんやり、喉ごしつるりの「三輪そうめん」があります。万葉でもお馴染みの三輪山の麓の桜井はそうめん発祥の地で、55軒あるそうめん業者の中で老舗の1つの(株)池利(いけり)の製品の中で、この季節、技を込めたトマト、カボチャ、オクラの「夏野菜を使った三輪そうめん」がお勧めです。赤、黄、緑は目にも口にも涼やかで、喉ごしのよい夏にぴったりの逸品です。
 案外知られていませんが、7月7日の七夕にそうめんを食べると大病にかからないという風習が平安時代からあります。その由来から7月7日は「乾めんデー」とされています。食欲減退ぎみの夏、日本人にぴったりで、お中元に不動の人気ぶりが分かります。

<交通>
・奈良町へはJR奈良駅、近鉄奈良駅から徒歩約15分
<問合せ>
・奈良市観光センター ☎0742・27・9889
・奈良市観光協会 ☎0742・27・2299
・萬々堂通則本店 ☎0742・22・2044
・(株)池利 ☎0477・43・2421

中尾隆之
中尾 隆之(旅行作家)高校教師、出版社を経てフリーランスライターに。月に10日は取材旅行の現場主義で、町並み、鉄道、温泉、味覚等の紀行コラム、エッセイ、ガイド文を執筆。とくにお菓子好きで、新聞、雑誌にコラム連載のほか、『全国和菓子風土記』の著書もある。2007年8月に「全国土産銘菓選手権初代TVチャンピオン」(テレビ東京系)に。